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前後截断録 第17回

清凉寺へ

先生とタブの木
島左近遺愛伝説のタブの老樹を背に

常に身近な存在に対して、人はその視線をおろそかにしやすいものである。
それは対象が人であれ、ものであれ同じように思う。
たとえば両親や友人、名所風景など。
いつでも見られる、会えるということに油断して、つい、つき合いをおろそかにしてしまっていた――ということに過ぎ去ってから気付くのだ。
「清凉寺」という歴史的風姿に対するこれまでの私の視線についても同じことがいえる。
幼年から青年期における清凉寺というこの寺の私の内に占める位置は小さくない。
この秋、久々に清凉寺さんを訪れることが出来た。
訪れる――というのは周縁をみるということではなく、文字通り御寺を訪ねたという意味である。
今年も残日わずかだが、今年中の記しておくべきできごとのひとつとして書いておきたい。この続きは年が明けてからゆっくりお話することに。
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前後截断録 第16回

越前一乗谷

かねて越前の一乗谷遺跡へは再訪を期していた。
例によって俗事多忙で、ただ思い願うだけで実現が叶わなかったが、このたび鯖江市のまなべの館(博物館)さんでの講演がきまったとき、一乗谷久恋の由来を話したら、同館の主査前田氏がよかったら私が案内しましょうと気楽にいって下さった。

講演は午後からなので、午前中の時間帯ならOKですよ。

午前中の積極的行動は原則としてしない無精者なので、チョットと二の足をふんだがこの機をのがすと、再訪はいつになるやら。
大事な巡礼行動の候補地なので、ムリをしてでも絶対この好意に甘えるべきだと判断した。

以前訪れたのは一乗谷朝倉氏遺跡資料館開館10周年の記念展に協力した時であったから、二十数年前のことである。
遺跡の中でも一番好きなのは少し山手にあるお湯殿跡の庭園である。
この庭の石組みは実は巧みな技巧が凝らされているのだが、それが態とらしくなく自然で、全体剛健な逞しさ、一種の威厳を感じさせる。今度再訪して感じたのだが、ここから谷地の城下にいる人々の声がよく聞こえる。
もし城下で騒乱があれば、館にいる侍たちにはその騒ぎの声は如実に正確に聞こえるわけである。つまり、すぐに対応ができるわけだ。
人の声や物音は下から上へ昇るから、この状況は一乗谷に限らないわけであるけれども、物売りに扮した職員さんの誘い声がまことに現実的によくきこえたのは新鮮な驚きであった。


一乗谷にて前田さん藤田さんと先生記念撮影
再訪記念スナップ
左からまなべの館学芸員藤田氏、同主査前田氏、私、当館学芸員中村


一乗谷お湯殿跡
お湯殿跡庭園

前後截断録 第15回

御無沙汰・・・です

長い間載せていないので、元気ですか、変わりないですか、――と聞かれること再四なので、このブログに目を通していただいている人の中にも同様の思いを抱いておられる方が多いのでは、と思います。

――まず、当方元気であります。唯、余りにも身辺多忙を極め、ついついこちらの執筆が遅れているわけです。

夏から秋にかけ、余生をかけての六部巡礼をはじめてます。
朽木興聖寺、越前一乗谷、彦根清凉寺そして河手主水墓など回訪して来ました。
順次お知らせします。

遅れている『井伊直弼史記―若き日の実像―』 ―これもあとは最後の原稿読み返し、チェックのみです。
どうやら生きている内に出せそうです。

それと、来年の井伊美術館特別展は「島津x井伊」です。2018年4月1日からです。

おはぐろトンボ

おはぐろトンボをつかまえて――童心にかえった瞬間(大覚寺)
勿論、キャッチ&リリースです。(9月10日)



島津小桜威大鎧

小桜威大鎧(島津家伝来)


島津蒔絵書院棚

丸に十文字紋蓬莱蒔絵書院棚(島津斉彬所用)