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前後截斷録 第59回

真贋の鑑定と評価
 甲冑武具の審定


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井伊直政初陣着用と伝えられる朱具足
 
こちらの続きです。

ヨロイカブト、それに係る武具類専門の美術館をしていると、外部からしばしば鑑定依頼をされることがある。単純な真贋の区別は実際には現物をみなくてもできる。現代物の古作に似せた甲冑は、たとえば3〜40m離れたところからみても新古の区別はたやすい。一寸見(ちょっとみ)で十分である。一ヶ月あたりおよそヨロイは50領(甲冑は一揃いの単位を領であらわす)、カブトや面具類は100点以上鑑る。毎月の研究会だけでもその数は夥しいものになる。それらを一瞬のうちに、つまりワンショットの視線で脳裡に灼きつけて、真贋は勿論、新古上下を見分ける。もちろん現実的な相場も合わせてである。
 以上の鑑定を多寡は多少違っても、五十年以上続けてきたから、ことヨロイカブトに関しての実戦的知識や経験は「我ならで」の自信がある。

 およそ出来のよい上級の古甲冑は、それを構成する基体である鉄や革がよく吟味されているし、塗料の漆や金銀箔が上質であるから、すぐにわかる。これは一種の匂いといっていい、香りである。
 結構な伝来を伴っている見てくれだけのヨロイカブトにはこの香りがない。時代もたいてい、よくて江戸中期、ひどいものになると明治の貿易物如きに造られた偽似(ぎじ)甲冑がある。

 現代になって甲冑武具を鑑定する機関がいろいろできているが、それら全てが必ずしも正しい知識をもって鑑定されているとは限らない。知見不足!というのが第一の原因であろう。特に現代作の総面類を古作とみなして認定書を出したりしていることも耳にしたし、某氏からその写真を呈示されたこともある。
「総面」というのはヨロイを表すとき面部総体を護る防具の名称(正称ではない)である。最も簡単に真贋識別のしやすい甲冑部品であるが、偽物も多い。特に海外のコレクターに向けて、高価に売買されるからである。

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鉄総面包(朝倉義景遺品)
現存最古作総面の代表遺品 ー『ふくいゆかりの名宝たち 里帰り文化財展』(平成27年10月)より (調査寄託資料写真)

※詳細は古武具類名品聚楽 面具の部

 その他古作甲冑に新しい部品が混入していたりした場合、その判別が出来ていないこともある。伝聞であるが、事実とすれば頼りない。古作の具足の部品の中に新作物を混入させて一領に仕立てたものは昔からままあり、近頃はそれがかなり盛行しているようである。中でもとある鑑定機関は、左様のものにも合格の証書を発行している由を聞いた。真否は知らない。
 全体が古作であれば、それが合わせ物であっても一概に疎外してはいけないが、中に新作のたとえば面具や籠手などが混入させられたものが「全体本作物」として査定合格させるようなことがあっては後世のためにもいけないだろう。

 もちろん、各審査機関に属しこれらを審査する人々について、甲冑武具に関して何も知らない人には「専門家」と思われるかもしれないが、大体は左様ではないこともある。係る人の多くは、もともとヨロイカブトが好きで、その趣味を同じくして集まった人々のグループの中から幹部となり、査定人となった人々が多い。いわば同好会同人中の、主たる人々である。色々機関はあれど、論文・研究紀要集が定期発行されている訳でもなさそうだから、それゆえに審査鑑定そのものに厳密な学術的評価を求め責任を追及するのは酷なことであろう。

 しかしこういう状況であっても、鑑定証を需める人々があるのは、その書類がついているととりわけ外国人さんたちが安心してその品物を買うかららしい。日本の甲冑に興味のあるかれらのほとんどは、外国語で読める研究書の少なさなどもあって詳しいことまではなかなか御存知ないから、ちょっと怪しい品物でも日本国内で発行された証書がついていたら安心の拠り所になるらしい。第一、販売者としての真正保証責任の回避策にもなるという。
拈華微笑——。


(2022.06.27) 続
(2022.06.29 改)

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